2020.11.12
医療栄養学科
お知らせ
【医療栄養学科】【研究】小林順先生の研究『母乳のお話し〜母乳中の亜硝酸とその役割〜』【取組】
母乳のお話し
母乳中の亜硝酸とその役割:一酸化窒素(nitric oxide: NO)を介する出生時への生理学的対応
ヒトの生涯で最も劇的に環境変化が起きるのは出産時です。赤ちゃんは、お母さんのおなかの中では胎盤呼吸のため酸素濃度の低い環境で育ちます。そして生まれて“オギャー”と泣いた瞬間から肺呼吸が始まり、高濃度の酸素に晒されます。しかし進化の過程で生きていく手段として酸素を選んだ以上、我々はこれから一生、その産物である活性酸素と共存し、時には戦っていくことになります。
昔は、生まれたばかりで呼吸状態が良くない未熟児の赤ちゃんに高濃度の酸素を使い、結果として未熟児網膜症や気管支肺異形成症を発症させてしまいました。しかし赤ちゃんは、胎内よりも高い酸素濃度の環境に対応していくために、この時期特有のいくつかの対抗手段を持っています。一つは黄疸です。胎児期の赤血球は低酸素の環境では有効ですが、生後は役に立たず、大人の赤血球に代わっていきます。このとき胎児の赤血球が壊されてできるのが黄疸で、その原因となるのがビリルビンという色素です。これは強力な抗酸化物質です。赤ちゃんが皆、生理的に(新生児)黄疸になるのはこのためであって、特に母乳栄養の赤ちゃんは、母乳性黄疸といって、この生理的黄疸が長引きます。
もう一つ、私たちが注目するのが、母乳、特に初乳中の亜硝酸です。昔、アメリカで農薬と細菌で汚染された井戸水でミルクを作り、赤ちゃんに与えてメトヘモグロビン血症というチアノーゼを発症したことが報告されました。これは農薬由来の高濃度の硝酸が細菌により還元され大量の亜硝酸と一酸化窒素(NO:nitric oxide)になったためといわれています。その上、赤ちゃんはメトヘモグロビンを解毒する能力も未熟です。しかし、これは農薬と細菌によって非常に高度に汚染された水を使用してのことで、現在では一般的に起こり得ないと考えられています。大人でもこの他に、食物中の硝酸、亜硝酸について、発癌との関連から否定的な考えもあり、議論の対象になっています。しかし、初乳中には多くの場合、成乳より数十倍量(移行乳、成乳になるに従い減少しますが)、人工乳より数倍量(メーカーにより異なりますが)の亜硝酸が含まれており、お母さんの食事などによって影響されないことが分かっています。何故、母乳(特に初乳)中に亜硝酸が多いのでしょう?
大人では野菜などに含まれる硝酸は一旦、吸収された後、その3/4は尿中へ排泄されますが、おおよそ1/4が、どういう訳か唾液中に分泌されます。そして口腔内常在菌により亜硝酸に還元され、胃で胃酸と反応しNO(体の中で最も大量にNOが産生される臓器です)として胃局所で働いたり(胃粘膜血流増加、胃粘液分泌増加、殺菌作用)、NO関連物質や亜硝酸として吸収され全身に回り生理的作用(血圧低下、血栓形成抑制、インスリン抵抗性改善、運動時の酸素消費効率向上など)を発揮したりします。血管や神経などでNO合成酵素を介して産生される内因性NO産生系とは別に、この経路をenterosalivary-nitrate-nitrite-NO pathway(腸管唾液-硝酸-亜硝酸-NO 経路)といいます。胎児の血中亜硝酸は、胎盤を介して母体から供給されますが、出生後は胎盤からの供給がなくなるうえに、出産時の低酸素下のため既存の亜硝酸は出産時の環境を乗り切るためNOになって消費されます。このため赤ちゃんの血中亜硝酸は、著明に低下します。更に生直後の赤ちゃんでは、口腔内常在菌の欠如や未熟な唾液分泌などにより、このenterosalivary-nitrate-nitrite-NO pathwayは大人のように確立しておらず、この難局を乗り切るためNOの供給を唯一の栄養源である乳に頼るほかありません。母乳中の高濃度の亜硝酸は一時的にその役割を果たし、未熟な内因性NO産生系に代わりNOの供給を代償しているのではないかと思われます。
大人では野菜などに含まれる硝酸は一旦、吸収された後、その3/4は尿中へ排泄されますが、おおよそ1/4が、どういう訳か唾液中に分泌されます。そして口腔内常在菌により亜硝酸に還元され、胃で胃酸と反応しNO(体の中で最も大量にNOが産生される臓器です)として胃局所で働いたり(胃粘膜血流増加、胃粘液分泌増加、殺菌作用)、NO関連物質や亜硝酸として吸収され全身に回り生理的作用(血圧低下、血栓形成抑制、インスリン抵抗性改善、運動時の酸素消費効率向上など)を発揮したりします。血管や神経などでNO合成酵素を介して産生される内因性NO産生系とは別に、この経路をenterosalivary-nitrate-nitrite-NO pathway(腸管唾液-硝酸-亜硝酸-NO 経路)といいます。胎児の血中亜硝酸は、胎盤を介して母体から供給されますが、出生後は胎盤からの供給がなくなるうえに、出産時の低酸素下のため既存の亜硝酸は出産時の環境を乗り切るためNOになって消費されます。このため赤ちゃんの血中亜硝酸は、著明に低下します。更に生直後の赤ちゃんでは、口腔内常在菌の欠如や未熟な唾液分泌などにより、このenterosalivary-nitrate-nitrite-NO pathwayは大人のように確立しておらず、この難局を乗り切るためNOの供給を唯一の栄養源である乳に頼るほかありません。母乳中の高濃度の亜硝酸は一時的にその役割を果たし、未熟な内因性NO産生系に代わりNOの供給を代償しているのではないかと思われます。
実際、動物実験では新生児期にみられる疾患(新生児期感染症、壊死性腸炎、肥厚性幽門狭窄症など)とNO欠乏との関連が報告されています。特に壊死性腸炎(未熟児に多い)の動物モデルに亜硝酸を加えたミルクを与えると、加えていないミルクに比べ、顕著に病変の改善が見られました。臨床的にもこれらの疾患は、母乳栄養に比べ、人工乳栄養で多く観察され、更には母乳によってこれらが予防できることが報告されています。直母による母児間信頼関係確立や母乳の免疫学的利点などはよく知られていますが、私たちはNOの観点からも、母乳の有用性について今後、更に明らかにされていくことを期待しています。
なおこの内容は、米国小児科学会と欧州小児科学会の公式機関誌Pediatric Researchにレビューとして掲載される予定です。
Jun Kobayashi. Review article, “Nitrite in breast milk: roles in neonatal pathophysiology”
Pediatric Research, in press, 2020.
なおこの内容は、米国小児科学会と欧州小児科学会の公式機関誌Pediatric Researchにレビューとして掲載される予定です。
Jun Kobayashi. Review article, “Nitrite in breast milk: roles in neonatal pathophysiology”
Pediatric Research, in press, 2020.
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