高齢者に多い嚥下障害やフレイル・サルコペニアと栄養学の関係性

健康・医療
井上 裕

ヒトの生命維持には栄養が不可欠であり、食事によってバランスのとれた栄養を摂取することは健康の基本といえます。

しかし、栄養の偏りや栄養不足に陥るとさまざまな疾患のリスクが増大したり、筋力の低下によってケガをしたり社会生活そのものに影響が出てくることがあります。

特に高齢者ほどリスクは高く、嚥下障害やフレイル、サルコペニアなどが発症するケースも少なくありません。

健康寿命を伸ばすためにも栄養学を学ぶことは重要といえますが、栄養学では具体的にどういった内容を学ぶのでしょうか。

また、栄養学の観点から、加齢に伴い身体機能が低下する原因や栄養との関係性についても詳しく解説します。

栄養学とは

そもそも栄養学とはどういった学問なのか、基本的な概念や歴史を解説するとともに、なぜ栄養学を学ぶ必要があるのかといった重要性もご紹介します。

栄養学の基本的な概念と歴史

栄養学とは、食品に含まれる栄養素がヒトの体内でどういった働きをし、どのような影響を及ぼすのかを研究する学問です。

また、栄養学は食物との関わりが深いことから、栄養価が高く美味しいと感じる調理法や加工法も学びます。

西洋医学が日本に伝来した明治時代初期までは、栄養学という分野は確立されておらず医学の一部として位置づけられていました。

しかし、1871年にドイツから栄養学が伝来したことで日本国内でも栄養学の研究が進み、1914年になると国内初の栄養学を専門とした研究所も創設されました。

その後、1934年には栄養学会が設立され現在も多くの研究者が在籍しています。

栄養学の重要性

100年以上の歴史を経て栄養学が発展してきた背景には、食こそが健康を支える基本であるという考え方があります。

たとえば、江戸時代の日本では精米技術が発達し白米が広く食されるようになりましたが、ビタミンの摂取量が減ったことで”脚気”とよばれる病気が流行しました。

また、戦後になると食の欧米化が進み、糖質や脂質の摂取量が増え生活習慣病を発症する患者も増加。

このような疾患を予防し健康を保つためにも、栄養に関する知識は必須といえるのです。

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栄養学を構成する要素

一口に栄養学といってもその分野は広く、複数の科目に分けてカリキュラムを受講していきます。

栄養学はどういった科目で構成されているのでしょうか。

臨床栄養学

臨床栄養学では、さまざまな疾患をもつ患者に対して求められる栄養管理や食事療法の方法を学びます。

また、病気の治療にあたって不可欠な医薬品に食事がどのような影響を及ぼすのか、また経口での食事摂取が難しい患者に対する栄養補給の方法なども学ぶことができます。

栄養教育(指導)論

健康な状態を保つためには日々の食生活の見直しが重要ですが、そのためにどういった指導やマネジメントをすれば良いのかを学ぶのが栄養教育(指導)論です。

調理科学

栄養バランスのとれた食事を継続するためには、美味しいと感じる調理方法や加工方法なども学ぶ必要があります。

また、食材の調理方法によっても栄養の摂取効率は変わってくることがあるため、調理科学では調理実習などを通して栄養価が高く美味しい調理方法を研究、学習します。

食品衛生学

食品の調理や加工において食中毒のリスクはつきものです。

食品衛生学では、食中毒が発生するメカニズムやその原因となるもの、食中毒を予防するための方法などを学びます。

また、食品の安全を守るための食品安全基本法とよばれる法律も学び、衛生行政に関する知識を身につけます。

食品微生物学

微生物と聞くと食品の品質を低下させる悪いものというイメージがありますが、味噌や酒、醤油などの発酵食品には微生物が欠かせない存在です。

食品微生物学では、微生物の種類やそれぞれの性質、正しい利用法などを学びます。

食品材料学

私たちが口にする食品には、原材料以外にも香料や色素、保存料などさまざまな成分が含まれています。

食品材料学では、食材そのものにどういった栄養成分が含まれているのか、さらに食品加工に用いられる成分や機能、体内に摂取された際の反応なども学びます。

薬学と栄養の関係性

栄養は身体の正常な機能を維持し、病気の予防や治療をサポートするために不可欠です。

ビタミン、ミネラル、タンパク質、脂質、炭水化物などの栄養素は、細胞の生成、エネルギーの供給、免疫機能のサポートなどに寄与しています。

薬物の吸収、代謝、排泄は、栄養状態が大きく影響しており、例えば特定のビタミンやミネラルが不足していると、薬の効果が減少、また副作用が増加することがあります。

そのため、薬物治療と並行して栄養療法進めていくことで、薬の効果を最大限に発揮させることが期待できるでしょう。

まとめると、薬学と栄養は互いに補完し合う関係にあるといっても過言ではなく、健康管理において重要な役割を果たします。

薬物治療を受けている患者に対しては適切な栄養管理が必要であり、医師や薬剤師は、患者の栄養状態を考慮しながら治療計画を立てることが求められます。

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経腸栄養と嚥下の関係性

臨床栄養学では、患者に対する栄養補給の方法を学ぶとご紹介しましたが、代表的な方法として経腸栄養があります。

経腸栄養とは一般的な食事としてではなく、ヒトの生命維持に不可欠な糖質や脂質、タンパク質、ビタミンやミネラルを含んだ栄養剤を補給する方法です。

「経腸」という名称がついていますが、これは腸に直接投与するものではなく、口から直接摂取(経口法)するか、チューブによって投与する(経管栄養法)方法が用いられます。

ただし、高齢者の中には食物や液体を飲み込む力が弱くなる、嚥下障害とよばれる症状が現れる場合があります。

この状態で経口法を用いると栄養剤が気管支内に入り、肺炎などを引き起こすリスクがあります。

そのため、嚥下障害が見られる患者の場合には、経腸栄養の中でも経管栄養法が用いられるケースが少なくありません。

栄養サポートや栄養ケアは医療と療養の基本となる栄養治療であり、栄養不良の早期発見と適切な栄養サポートが、患者さんの合併症の予防や早期回復につながります。

栄養サポートには医師、薬剤師、管理栄養士、看護師、言語聴覚士、臨床検査技師などの多職種が連携するチーム医療が必要かつ効果的です。

近年では、チーム医療が普及して栄養療法も栄養サポートチーム(NST)が適切なサポートやアドバイスを行うようになっています。

栄養学とフレイル・サルコペニアの関係性

画像参照元:ニュートライズ

高齢化が進む日本において、「フレイル」や「サルコペニア」といったキーワードが注目されています。

それぞれの言葉の意味や違い、栄養学とどういった関係性があるのかも含めて解説します。

フレイルとサルコペニアの違い

フレイルとサルコペニアとは、それぞれ以下のような意味を指す言葉です。

  • フレイル:身体的機能の低下によって健康障害や社会生活全般における衰えが起こりやすい状態
  • サルコペニア:筋肉の量が減り、筋力および身体機能が低下した状態

大きな違いとしては、サルコペニアが筋肉量の減少が原因で身体機能の低下を引き起こすのに対し、フレイルは身体的な衰えだけでなく精神的な面にも影響が見られることが挙げられます。

サルコペニアになるメカニズムと栄養学との関係

画像参照元:ニュートライズ

サルコペニアが発症する直接的な原因は、加齢に伴い筋肉量が減少することです。

ヒトの筋肉はタンパク質の合成と分解が繰り返されることで維持・肥大していきますが、これには性ホルモンの分泌量も大きく関係しています。

年齢を重ねていくとホルモンの分泌量は減少する傾向があり、タンパク質の合成が阻害され、分解量が合成量を上回るため筋肉量が減ってしまうのです。

また、食事から摂取する栄養が十分でないと、タンパク質の合成よりも分解のスピードが早くなり、結果として筋肉量が減少することもあります。

サルコペニアの発症リスクを抑えるためには筋肉量を維持することが大切であり、そのためにも栄養バランスのとれた食事は基本といえるのです。

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フレイルやサルコペニアを予防することによる健康寿命への影響

フレイルやサルコペニアを予防することで、筋力やバランス感覚が維持され、転倒や骨折のリスクが減少。

これにより、寝たきりや長期入院のリスクが低下し、自立した生活を維持しやすくなります。

また、筋力や身体機能の維持は日常生活動作(ADL)の独立性を保つことで、歩行、階段の昇降、食事、入浴といった基本的な活動を自力で行う能力が維持されるため、生活の質(QOL)の向上につながるでしょう。

身体機能の維持は心理的な健康にも寄与します。

身体的な自立が保たれることで社会参加の機会が増えれば孤独感や抑うつのリスクが減少し、認知機能も維持されやすくなります。

さらに、フレイルやサルコペニアの予防によって活動性が増し、生活習慣病のような慢性疾患にかかるリスクが下がれば医療費の削減にもなり、経済的な好影響も享受できるでしょう。

このように、フレイルやサルコペニアの予防は個人の健康寿命を延ばし、質の高い生活を維持するために不可欠な要素といえるのです。

栄養学についてのまとめ

健康を維持するためには栄養バランスのとれた食事が重要であると同時に、通常の食事を摂ることが難しい患者や高齢者に対しては経腸栄養など適切な方法で栄養を補給しなければなりません。

栄養学を学ぶことで栄養に関するさまざまな知識や栄養補給の手段・方法なども習得できます。

高齢化が進む日本においては、フレイルやサルコペニアの状態に陥る高齢者が今後増加していく可能性が高く、これらのリスクを抑える意味でも栄養学は重要な役割を果たすと考えられます。

この記事を書いた人

井上 裕

  • 所属:薬学部 薬学科
  • 職名:教授
  • 研究分野:ライフサイエンス / 医療薬学

学位

  • 博士(薬学) ( 2007年03月   千葉大学 )

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