鈴木春信
六玉川 井手の玉川
- 明和4年(1767)頃
中判錦絵揃物
振袖の娘と彼女の手を引き、濡れないように袖を持つ侍女二人が、山吹の咲く浅瀬を渡っている。色紙形には、藤原俊成が山城(京都府)の名所を詠んだ和歌「駒とめて 猶水かはん 山吹の はなの露そふ 井手の玉川」が記される。この歌意を表す伝統的な図様では、馬に乗った貴人と従者が浅瀬を渡る様子を描くことが多い。中央の娘だけが駒下駄(こまげた)を履いているのは、騎乗の貴人を見立てたものだろう。
古来、歌枕として名高い六つの玉川を主題として、それぞれの玉川にちなむ著名な和歌を掲げ、その歌意を江戸時代風俗に置きかえて表した六枚揃。図上部の色紙形に、玉川の名とその所在する国名、和歌と歌人の名を記す。季節や時の移ろいを移した背景描写、巧みな構図のほか、「きめ出し」で晒す布の質感を表現するなど、春信の造形、色彩における繊細な感覚がみられる。
鈴木春信は、錦絵創始の大きく貢献した絵師。中世的で華奢な男女像が人気を博し、清純な風情の春信美人が一世を風靡する。春信は古典を当世美人に翻案するな見立絵を多く手がけたが、その中でもこの揃物は優雅で格調高い代表作の一つである。
この六図がすべて揃うのはメトロポリタン美術館と当館のみで、さらに当館蔵本は保存状態が極めてよく、摺られた時の色が鮮やかに残っている希少な作例である。